<< 連載3 これまで脚本とどう付き合ってきたか(中学演劇部〜高校演劇部) | main | 連載5 これまで脚本とどう付き合ってきたか掘瞥想現実時代) >>

連載4 これまで脚本とどう付き合ってきたか供並膤愀犖Α曽劇場)


【座付き作家からの質問】



  (前回の記事にあったように)高校自体は作・演出にも手を染めていた小松愛。
 しかし大学に進んでからは、役者としてのみ演劇に関わるようになりました。
 
  役者一本になったことで、脚本との付き合い方も変わりましたか? その頃は、どんな風に脚本と格闘していましたか?


***   ***   ***   ***   ***   ***   ***


【小松愛の回答】


 数えてみたら大学時代と卒業後の2年の計6年間で、8つの団体で23作品に出演していました。
 ただ、今のように脚本を使って演技プランを考えるということはせず、というか知らず・・・。台詞を覚え、動きを決めるという感覚的な表現をしていました。なので、やっぱり中学・高校演劇部の延長でしかなかったと思います。
 

 練習と本番で、それなりに忙しい日々を過ごし、自分は好きなことをやっている、何かを表現しているんだという錯覚に陥っていました。まさにモラトリアム。


 そんな未熟者だった私は、主に人間関係や感覚で出演先を決めていて、稽古が始まっても脚本が完成していないことが殆どでした。

 
 私が関わってきた劇団やユニットは、主宰が脚本と演出を兼ねているところばかりで、作・演出が脚本執筆のため稽古場に来ないことも多々ありました。そんな状態でも、作・演出が一生懸命書いているのだから、良い脚本が出来るはず、それを信じて今ある脚本部分だけでも、しっかり練習しようと考えていました。少しずつ脚本が配られていき、突貫工事のように台詞を覚え、動きをつけ、なんとか本番までに間に合わせるような状態でした。

 

 質問にそのまま答えるなら、「脚本がない状態と格闘していた」というところでしょうか。既成の脚本を上演していた中学・高校時代に比べたら脚本との付き合い方は後退していると言ってもいいですね。再演を除き、稽古開始前に脚本を用意していた団体も1つありましたが、結局、表現について真剣に考えたり、演技の勉強をしたりしていなかったので、今のように有効に脚本を使うことはありませんでした。



 この時代については、本当に反省しかありません・・・自分にとっての暗黒時代です。表現者としてまだ目覚めていない盲目状態で「脚本を読めてなかった」なんて言い方もできるかも知れません。



***   ***   ***   ***   ***   ***   ***


【座付き作家からのコメント】


一読し、「反省文、提出!」みたいな勢いを感じました。

右も左もわからないまま小劇界に飛び込み、ただただ目の前のことに一生懸命だった当時の小松愛を非難する気は毛頭ありません。

大切なのは、過去の反省から学んだことを、いかにして今後の成長へ繋げていくかということ。期待しています。