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連載1 脚本の大切さ、重要性を小松愛はこう考える


【座付き作家からの質問】


 演劇の三要素といえば、『役者/観客/脚本』──。もっとも、即興劇の存在を視野に入れ、『役者/観客/舞台空間』という説を唱える方も少なくないようです。

 どちらにしろ“脚本”というものが芝居創りにおける大きなファクターであることに変わりはないでしょう。

 これが映画となれば、シナリオはさらに頼れる相棒……と申しますか、必要不可欠な要素になると感じています。映画とは構成の妙技であり、その構成を下支えしているのがシナリオですからね。
 
 小松愛さんにとって、脚本(シナリオ)とはどういう価値を持つものですか?



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【小松愛の回答】

 脚本は作品が表現するものの根幹に値すると思っています。脚本だけとは言えませんが、脚本が変われば表現するものが大幅に変わってきますから。

 そして役者小松愛にとっては、出演を決める際に最も重要な判断材料という価値があります。絶対に面白いから!と言葉だけでオファーされても、どんな内容なのか分からないのに演じることは出来ません。脚本を読ませてもらうに限ります。論より証拠じゃないですけど、テーマに共感できるかを確認したり、どんな作品にするのか脚本を読んだ上で演出家と話し合うためにも、脚本はなくてはなりません。

 それから実際に演じる際には、脚本のテーマやストーリーの構成から、シーンの意味やキャラクターの役割を考えて演技プランを作ります。冒頭のシーンを作るためには、そのシーンの台詞やト書きだけがあれば良いわけではありません。他のシーンとの対比や登場人物との関係性を考えなくてはいけませんから、作品づくりにおいて脚本は土台や設計図だと考えています。

 あと、つまらない脚本は、どんなに役者が頑張っても面白くすることは出来ないとよく言われますが、本当にそうだと思います。お客さんにウケたとしても、それは役者のスタンドプレー。脚本は作品の善し悪しを決める一番大事なものだと思います。



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【座付き作家からコメント】


 表現者として、「どういう物語の、どういう役を演じるのか?」という点に責任を持とうとしている小松Pらしいお返事でした。

 「出演できればなんでもいい」みたいな“焦り”を役者さんが抱くこともわからなくはないのですが、観客に対して何かを投げ掛ける立場にある以上、「役者として、自分がどういうメッセージの一翼を担っているのか?」を、常に自覚してもらいたいと私も願っています。そういう意味で、出演を検討する際に、まずは脚本の存在を前提に挙げている小松Pには共感を覚えます。

 さらに、座付き作家として言わせてもらえれば、脚本とはまさに構成の魔術です。「冒頭シーンを作るためには、そのシーンの台詞やト書きだけがあれば良いわけではありません」という小松Pの主張は、まさに脚本家の想いを代弁していると感じました。

 物語の全体像やバランスを考慮に入れながらも、なおかつ場面場面の瞬間性や瑞々しさを生き生きと表現できる女優に、今後益々成長していって下さい。