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理想現実論(3)〜創作プロセスを重視したユニット〜

理想現実はプロセス主義のユニットです。仮に『理想の結果』と『理想のプロセス』のどちらかのみを選ばなければならないとしたら、私は間違いなくプロセスを選びます。

だからと言って、結果などどうでもいいと言っているのではありません。もちろん結果も大切ですが、そもそも良い結果を求めるために、私たちができることと言えば、日々妥協なく己を磨くことであり、その努力の軌跡はそのまま充実したプロセスを意味するのだと私は解しています。結果は神の手に、プロセスは我々の手に―――、です。

「結果がよければそれでいい」という主張も世間では根強いようなのですが、私に言わせれば、それはあまりにも楽観的。
自分ではコントロールできないものが『結果』なので、良い方に出ればいいかもしれませんが、悪い方に転ぶ可能性だって常にあります。そのリスクを無視して「結果良ければいいんだよ」というギャンブルに参加できるほど、私は楽観主義に染まれないし、染まりたくありません。

その点で、むしろ私は悲観主義なのかもしれません。悪い結果が出た時のことを常に想定してしまいます。と同時に、そこから何を学べるかも大切にしています。充実したプロセスを経たはずなのに、それでも悪い結果に見舞われた時こそ、表現者は成長すると考えているからです。

創作プロセスで手を抜けば、結局は『結果』に対する真摯さも失われてきます。悪い結果を突きつけられたとしても、「だって、脚本が遅れて稽古時間が少なかったのだから、仕方がないよ」と無邪気な言い訳を繰り返してしまうことにもなりかねません。
逆に、たまたま良い結果が出た場合は、そのラッキーに溺れてプロセスに不備があったことを反省せずに終わってしまいます。
負の相乗効果とでも呼ぶべきそのような構造を、私は打破したいと考えています。そのための鍵は、やはりプロセスの中にのみあるのではないでしょうか。

理想現実が重視する『プロセス主義』とは、つまり「結果に対しては言い訳ができない状態に自分たちを追い込む」という厳しさや誠実さのことです。『観客からの評価』という結果と『自分自身が今回はどうだっのか?』という反省的な結果―――、その両方を誠実に真正面から受け止めるためにも、まずは創作プロセスに全力投球することです。

そのための第一歩は、「わからないことはわからないときちんと表明する」ことにあると私は考えています。
納得できないことをそのままにせず、一度はきちんと演出家と話すべきです。
だからと言って自分のわがままを押し通すのではなく、共同芸術に携わる一員としてのマナーを守り、あくまで演出家と協力し合いながら物語を探求していく。そういう理想現実に成長していけるように、プロデューサとして日々のプロセスに全力投球していきたいと思います。