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理想現実論(2)〜時間切りの稽古〜

 
理想現実では、時間切りによる稽古運営を実践しています。
具体的に書けば、以下のようになります。

18:30〜19:15 シ−クエンス1 『●●●』(脚本01ページ〜07ページ)
19:30〜20:30 シ−クエンス2 『●●●』(脚本08ページ〜20ページ)
20:40〜21:20 シークエンス3 『●●●』(脚本21ページ〜25ページ)

なぜ、このような稽古法を採用しているかと言えば、まず第一に「演出がつかないシーンをなくす」という配慮からです。


小劇場においては、脚本が遅れたり、その他諸々の事情によって、『演出がついているのは前半だけで、後半は役者が自分の考えのみで動いている』というケースがしばしば見受けられます。前半ばかりを稽古して、後半の演出が間に合わないパターンです。

私自身も過去において、そういう体験を何回か味わったし、そのことに強い不安と不満を覚えました。せめて自分でプロデュースする団体では、そのようなトラブルが起らないようにしたいと考え、理想現実では“時間切りの稽古場”を導入したのです。

時間で区切ることにより、作品全体を満遍なく稽古できますし、そのことでムラが出なくなれば物語のクオリティもアップします。
稽古が進むにつれて役者や演出家が「ここは、もっと時間をかけて稽古したい」と感じる場面も出てくるので、それに対応するための時間も、もちろん別枠で設けてありますが、原則的には事前のスケジュール通りに台本全体を当たっていきます。


役者の立場から言っても、「いつ、何を、どれくらいの時間を掛けて稽古するのか?」が最初に見通せたほうが気分的に楽ですし、いつ何をやるのかが分からなくて、不安な状態のまま稽古場で待たされるのは辛いものです。


また、作品創りの実務においても、時間切りによって全体を見渡せる稽古法は私にとってべストです。
私の理想とする物語表現法は、全体の構成を意識しながら、計算に計算を重ねるスタイル。ラストをどう表現するかを考えた後、そこからファーストシーンの彩りを工夫したりします。

物語表現の生命線は構成の妙技にあると考える私は、常に全体像を意識した演技構築を心がけていますし、今はそれが何よりも楽しいことです。

お恥ずかしい話、かくいう私も、前半部分のみの脚本で稽古をすることが当たり前だった時期があります。
当時の私は、物語表現の本当の面白さに鈍感でした。
今、あの状態に戻れといわれても、到底無理です。
結末が無いのに、どうやって前半を作ればいいのでしょうか。


過去の苦い失敗を今後の糧にしていくためにも、反省すべき点は大いに反省したいと思います。