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著作権へのリスペクト(3)〜尊敬が故の無断使用?〜

既存の楽曲を無断使用していた小劇関係者が、以前、こんな言い訳を口にしていました。曰く、「無断だろうがなんだろうが、その曲の宣伝になるからいいじゃないか」―――。


曲の宣伝になることと、その曲を無断で使用している犯罪性については、きちんと分けて考えるべきです。
店先から万引きした商品を他の土地で宣伝したからと言って、万引きという罪が相殺されるわけではありません。そもそも「宣伝効果」を主張するなら、曲の使用料を払って、正々堂々と曲名を明記した方が、観客にも親切です。


また、「宣伝になる」という意見を別の角度から見れば、それは「無断使用という方法を宣伝している」ことにも繋がると思います。
楽屋を訪れた関係者が、「あの曲良かったですね。え、著作権の申請はしてないんですか。じゃあ、私たちも無断で……」というような連鎖が生まれることだって否定はできません。そういう場面において、「私たちはきちんと許可をとって使っています」と胸を張れる劇団が増えていくことを心から願います。


宣伝効果とは別に、「曲を使ったのは、作曲者へのリスペクト」との暴言を耳にすることも少なくありません。だったら、なおさら作曲者の許可を取るべきではないでしょうか。
「尊敬しているから盗む」のではなく、尊敬しているからこそ、所定の手続きをとって使用料を納めるべきでしょう。


著作権の無断使用に関しては、いろいろな人が手練手管で言い訳を重ねていますが、どういう自己正当化があろうとも、「著作権侵害は良くない」という社会的コンセンサスは崩すべきではありません。
悪いことは悪い。その線引きだけは譲れません。


著作権を払っている団体と、そうでない団体が外観では区別できない不透明性も問題だと思います。その点についても、今後解消していくべきでしょう。


著作権料を真面目に払っている劇団と、払っていない劇団との区別が付かないのであれば、真面目に払っている方が損をしている感は否めません。
もちろん、金銭的な損得など考えず、理念として主体的に法令を守る姿勢は素晴らしいが、それでも何か割り切れない感情が私の中には残ってしまいます。正直者がバカを見るような社会にはなってほしくありません。


世の中に対して、劇場に足を運ぶ観客に対して、「この劇団は著作権をリスペクトしているのか否か」という情報がクリアになれば、小劇場界における著作権への意識も高まるだろうと期待しています。

著作権については、もう少し語らせていただきたいので、このテーマは次項へ続きます。