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役者と観客の関係(3)〜匿名による観劇レビューの意義〜

繰り返しになって恐縮ですが、私たちが上演する作品をどう感じ、どう受けとめるかは、お客様一人一人の自由です。こちらから何かを強制するつもりはありません。

その前言を翻すつもりは全くありませんが、ただ、私は今、“観客”にまつわることで、ある大きな疑問を抱いてもいます。これから書くことは反発を受ける内容なのかもしれませんが、表現者として本心を隠すのは潔くないので、正直な思いのまま筆を進めたいと思います。

今現在、インターネット上には『匿名による観劇レビュー』が数え切れないほどアップされていますが、私はこの“匿名性”については常に批判的な立場を取っています。匿名による投稿に対して、私は特別なメリットを見出せません。

もちろん観客が感想を語るのは自由です。しかし、インターネットというパブリックな環境で、少なくとも何かについて語るのであれば、そこには発言者としての責任が付随するべきだと思います。

顔の見えないネット社会とはいえ、発言者には自身の責任を明確にしてもらいたいと思うのです。

書いた者勝ちというか、書き逃げの許される匿名性の投稿で、特定の劇団やユニットについて語るのはアンフェアだと思います。ネット上で観劇レビューを書くのであれば、最低限、自分が何者であるかを明示してもらいたい。


安全上の問題から、匿名性の有用性を主張される方もいるでしょう。
昨今の社会情勢を鑑みれば、真っ当な意見です。ネット上で正体をさらすことには、確かにある種の危険が伴うかもしれません。

ただ、そういう理由で匿名性を選ぶのであれば、むしろ情報の発信自体を行わないという選択肢も考えるべきではないでしょうか。
パブリックな場所へ情報を放つという行為は、それだけ厳しいものではないかと思います。発信者には発信者としての自覚が常に必要であり、自分が世に出した情報に対しては自分で責任をとらなくてはいけません。
素性を明かすリスクを飲み込めない発信者は、その時点で発信者としての責任を放棄していることになるので、ネット上に情報を出すべきではないと思います。

「厳しすぎる」と反論されるかもしれませんが、メリットはあるにしても、面と向かって言えないことでも自由に情報発信できてしまうこと自体が、俗に荒らしと呼ばれる行為やイジメ問題を助長させるのも事実です。
匿名性の社会的なデメリットは、そのメリットをはるかに凌駕しているように私には見えます。

匿名性なる『システム』については、ネットに関わるすべての方々にご再考を願いたい。

また、『匿名による観劇レビュー』を推進しているポータルサイトにも個人的には苦言を呈したい。サイト側は「公演の宣伝になる」というメリットを強調しているようですが、匿名性である限りは、時に悪意に満ちた営業妨害の温床と化すデメリットも否定はできません。その点のリスクをポータルサイト運営側はどうお考えなのか、一度じっくりと拝聴してみたいです。