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役者と観客の関係(2)〜発信者主義〜

前回のテーマは少なからず誤解を生んだかもしれないので、もう少し丁寧に説明させて頂きます。私は観客に対して、「こういう見方をして欲しい」と強制するつもりはないし、「なんで私たちのテーマを分かってくれないんだ?」と非難するつもりはありません。

前回語ったことは、あくまで小松愛個人の表現者としての理念であり、言わば創作者側に私が求めたい視座です。
決してお客様に何かを強要したくて書いたわけではありません。お客様にはご自身スタンスで、私たちの作品を楽しんで頂きたいと思います。

そのことをご理解頂いた上で、話を続けさせてもらいます。


以前にも書いたことですが、表現とは良い意味で自分本位なものだし、そうあるべきだと私は考えています、誰かのための表現ではなく、自分のための表現です。
自分のための表現とは、すなわち「自分の訴えたいことを、世界に向けて発信できることの素晴らしさ」という意味です。


表現者は、表現に対して常に主体的であるべきです。「観客のため」という言葉を安易に使って逃げるのではなく、「自分のために」芝居を続ける覚悟こそ、表現者に求められる根本的な姿勢ではないでしょうか。

もちろんお客様は大切ですが、「どういう内容であれ、観に来ている人たちが喜べばそれでいい」という結果主義を私は採用しません。
どういう形であれ、作品に対する責任を観客側へ押し付けるような真似はしたくありません。盗作まがいの作品を上演しておいて、「お客さんが喜ぶなら、それもありだよ」なんて言い訳は言語道断です。

主体的な表現者であり続けるためには、客席からの要望に対しても能動的な姿勢を保つべきでしょう。「お客さんが喜ぶから」という理由で周囲からの要望を何でもかんでも取り入れることは、表現者としてはむしろ無責任です。
「観客のため」という美辞麗句を隠れ蓑にして、己の責任を放棄しています。
商品開発においてはマーケットアウトも大切でしょうが、表現者はプロダクトアウトの理念を忘れてはならないと思います。


まとめさせてもらうと、「お客様を喜ばすために作品を創るのではなく、自分が伝えたいメッセージを客席へ届けるために私は舞台に立っている」ということです。
だからこそ、作品に対する責任をお客様へ丸投げするようなことは絶対にしない。責任は私自身になる。

「より多くのお客様に、作品のテーマをしっかりと伝えること」に、私はとことんこだわってきたし、これからもこだわり続けたいと思います。

もちろん、その作品をどう受け取るかは観客一人一人の価値観によるところが大きいわけだから、結果だけを見れば、その道程は果てしなく険しいでしょう。
しかし私は結果ではなく、過程にこそ価値を置いています。
「どのように表現すれば、こちらの意図するテーマがきちんと伝わるか?」という難問を、創作過程において妥協なく真摯に探求し続けたいと思います。
誠実さとはプロセスの中に見出せると思うのです。